『旅の思い出』oil, cotton on panel.2026’
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2026/09/10

作品の身体性



私の肉体よりも、

私の無意識の方が

「生命の変化」を先取りしていたようだ。


肉体より先に

作品が変化していったんだな、

妙に納得した。


作品の変化について、

どう説明すれば良いか迷っていたが、

(変化したから変化した、

それだけだと思っていた)


私の絵は、

私の身体と強く結び付いている。


更年期になり、

水面下で身体が変化して、

作品も変化したんだな。


私は、ある時期までは、

女性で在ることを絵にしていたんだな。


女で無くなっていく段階にきて、

剥がれていく体感があった。


女が剥がれたら、

そこに「その者」がいた。


つじつまが合った。


私が女性で居ることは、

絵を描く題材になってくれていた。

と同時に、違和感もあった。


「少女、女性像…ちょっと違う。

ひとを描きたいのだけど、」


違和感を抱えた先に絵に変化が起きた。

私自身が説明に困る変化だ。


そして肉体が倒れた。

もう女性でいなくてもいいんだ。


そのものを描けばいいんだ。


今の体感と、描きたいこと、

一致してる。


作品は、

Instagram見てください。






2026/09/02

言い訳を探す

 年末の個展に向けて、

私は言い訳を探している。

「なぜ絵が変わったのか?」

この問い、

手短に答えられそうもない。

(説明したくないを許してくれるだろうか)



頭で描くのをやめてみた。

ここに青、ここに線。

そういう「思いつき」を頼りに描いた。


変な絵になった。

下手な絵になった。

昔描いていた絵に少し戻った。


困ったと思った。

(こんな絵許される?)

だが、腹の中では満足。

そういう感覚があった。


去年の暮れに、

深く潜ってしまう体験をした。

(シャドーワークとか、おそらくそれに近い)

「根源的なもの」に触れた。

生と死の先、もっと大いなるもの。

タオ的なものかもしれない。

わからない。

そこで拾ってきたイメージは、

埴輪とか、漢字とか、線、糸、

群衆、踊り、祭り、巫女さん、

陶器のような質感、

何者か。


絵肌を思い出した。

私の好きなマチエール。


子どもの頃の変なポーズ。


古い土地。

懐かしく怖い昔の町。


…

なぜ絵が変わったのか?

「少女の先に、何者かがいた。

その者を描いた。」


これでいいだろうか。

(わからない)

2026/04/06

あちらとこちらの世界から、今日も私は境界線の上を歩く

 「昨日の怒り、今日のユウウツ」

「あちらとこちらの世界から」

「生活と絵画」

「世界は色付き私は透明になる」

「新しいシナリオ、新世界の手前」

「ひみつの部屋で光輝け」


…これらは、過去に開催された個展の

サブタイトルの一部です。

何か、ひとつの主題が浮かんでくるでしょうか。


私は長く「かお」を描いてきました。

ひとの内面を描きたかったからです。


それと同時に、

私の地下深くの水脈には、

「もうひとつのテーマ」が

静かに流れていました。

それは「境界線」です。


私は常に「境界線」に立って、

あちらとこちらの世界を眺め、

そこに漂うやわらかでヒリヒリとした緊張感を

半ば無自覚に、作品の素地にしていました。



昨日と今日、

あちらとこちら、

世界と私、

光と闇、

内と外…


それら陰陽の境界線の上で、

私は踊ったり、観察したり、

時に綱渡りをするように

絵を描いてきました。


私は  "あちらとこちらの橋渡し”を

絵画という形を通して表現したいのだなと、

自覚しました。


清濁併せ持つ「ひと」のおかしみ、

うつくしさ、

そして陰陽を「ひとつ」に合わす祈りを

絵画にしていきたいと

いま静かに心に浮かべています。




2026’4月 門倉直子




境界線の上で、きみは時々おどろいた顔をする

 私はこれまで、

人の表情や感情をテーマに描いてきました。


これからは、感情のその奥で、

静かに座って居る「わたくし」そのものの存在を、

ここに描き置いておこうと思います。




2026’4月 門倉直子



2026/02/13

今の制作について


 私はこれまで、人の感情、心理をテーマに描いてきました。

これからは、感情のその奥に静かに座って居る「わたくし」そのものの存在を、ここに描き置いておこうと思います。



2026/01/18

意味が分かる

 これは私だ。

毎日生きて、

毎日死んでいった私です。


私はこれまで一生懸命に、

あなたに見捨てられないように、

生きてきた。


そして今、私はそれに疲れた。

疲れていたことを自覚した。

私は私のために生きて、

ただ私の中から流れてくるものを

ひとに提供して

私はただの私として生きるのだ。


もうあなたに見捨てられる心配も

嘲笑される心配もない。


そのうちあなたは私より弱くなって

私に見捨てられないように

懸命に私にしがみつくだろう。


かつて子どもだった私が、

あなたにそうしたように。


私はしがみつくあなたに

「強くなりなさい!」と叱り、

その弱々しい姿を嘲笑し、

突き放すだろうか。


かつてあなたが

小さな私にそうしたように。



…

後になってから、

私が描いたものの意味が

自分で分かる時が来るものです。


ああ、そういうことを描いていたのか、と。


だからもしきみが、

この絵に何が描いているのか

私より先に分かっていたなら、


私ときみは、

同じ景色を見ていた者どうしかもしれないし、

友だちになれるかもしれない、

ということです。