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2026/04/06

あちらとこちらの世界から、今日も私は境界線の上を歩く

 「昨日の怒り、今日のユウウツ」

「あちらとこちらの世界から」

「生活と絵画」

「世界は色付き私は透明になる」

「新しいシナリオ、新世界の手前」

「ひみつの部屋で光輝け」


…これらは、過去に開催された個展の

サブタイトルの一部です。

何か、ひとつの主題が浮かんでくるでしょうか。


私は長く「かお」を描いてきました。

ひとの内面を描きたかったからです。


それと同時に、

私の地下深くの水脈には、

「もうひとつのテーマ」が

静かに流れていました。

それは「境界線」です。


私は常に「境界線」に立って、

あちらとこちらの世界を眺め、

そこに漂うやわらかでヒリヒリとした緊張感を

半ば無自覚に、作品の素地にしていました。



昨日と今日、

あちらとこちら、

世界と私、

光と闇、

内と外…


それら陰陽の境界線の上で、

私は踊ったり、観察したり、

時に綱渡りをするように

絵を描いてきました。


私は  "あちらとこちらの橋渡し”を

絵画という形を通して表現したいのだなと、

自覚しました。


清濁併せ持つ「ひと」のおかしみ、

うつくしさ、

そして陰陽を「ひとつ」に合わす祈りを

絵画にしていきたいと

いま静かに心に浮かべています。




2026’4月 門倉直子




境界線の上で、きみは時々おどろいた顔をする

 私はこれまで、

人の表情や感情をテーマに描いてきました。


これからは、感情のその奥で、

静かに座って居る「わたくし」そのものの存在を、

ここに描き置いておこうと思います。




2026’4月 門倉直子



2026/02/13

今の制作について


 私はこれまで、人の感情、心理をテーマに描いてきました。

これからは、感情のその奥に静かに座って居る「わたくし」そのものの存在を、ここに描き置いておこうと思います。



2026/01/18

意味が分かる

 これは私だ。

毎日生きて、

毎日死んでいった私です。


私はこれまで一生懸命に、

あなたに見捨てられないように、

生きてきた。


そして今、私はそれに疲れた。

疲れていたことを自覚した。

私は私のために生きて、

ただ私の中から流れてくるものを

ひとに提供して

私はただの私として生きるのだ。


もうあなたに見捨てられる心配も

嘲笑される心配もない。


そのうちあなたは私より弱くなって

私に見捨てられないように

懸命に私にしがみつくだろう。


かつて子どもだった私が、

あなたにそうしたように。


私はしがみつくあなたに

「強くなりなさい!」と叱り、

その弱々しい姿を嘲笑し、

突き放すだろうか。


かつてあなたが

小さな私にそうしたように。



後になってから、

私が描いたものの意味が

自分で分かる時が来るものです。


ああ、そういうことを描いていたのか、と。


だからもしきみが、

この絵に何が描いているのか

私より先に分かっていたなら、


私ときみは、

同じ景色を見ていた者どうしかもしれないし、

友だちになれるかもしれない、

ということです。




2025/12/16

祈るひと

私は、感情を感じることが

正しいことだと思っていた。

けどこれは、

感情を閉ざして生きるしかない人にとっては、

ささやかな暴力だったと気がついた。

私はもう、

そういう暴力を内包する絵は描かない。

(描けない)

感情は感じても、感じられなくても、

どちらでもいい。

好きにしていればいい。

私の作品は、お地蔵さんのように、

ただ在る

そういう存在に、戻っていく。

(これはつまり、

私の中の未解決が、解決したってこと。

けど、解決しても、させなくても

どちらでも大丈夫なのです)





2025/12/01

あちとこちらの世界から、今日も私は境界線を歩く

 「昨日の怒り、今日のユウウツ」

「あちらとこちらの世界から」

「生活と絵画」

「世界は色付き私は透明になる」

「新しいシナリオ、新世界の手前」

「ひみつの部屋で光輝け」


…これらは、過去に開催された個展の

サブタイトルの一部です。


(…何か、ひとつの主題が浮かんでくるでしょうか。)


私は長く「かお」を描いてきました。

ひとの内面を描きたかったからです。


それと同時に、

私の地下深くの水脈には、

「もうひとつのテーマ」が

静かに流れていました。

それは「境界線」です。


私は常に「境界線」に立って、

あちらとこちらの世界を眺め、

そこに漂うやわらかな緊張感を

半ば無自覚に、作品の素地にしていました。



昨日と今日、

あちらとこちら、

世界と私、

光と闇、

内と外…


それら陰陽の境界線の上で、

私は踊ったり、観察したり、

時に綱渡りをするように

絵を描いてきました。


…それを自覚した今、

私は  "あちらとこちらの橋渡し”

このお役目を

絵画という形を通して担っているのだと、

密かに直感しています。


清濁併せ持つ「ひと」のおかしみ、

うつくしさ、

そして陰陽を「ひとつ」に合わす祈りを

絵画にしていきたいと

いま静かに決意しています。




…さて、

来年の個展はいつなのでしょうか。

画廊さん、ご連絡お待ちしております…


合掌

2025/08/28

『たくさんのひと/花の街』によせて

 たくさんのひと/花の街

~私の中に住まうたくさんのひとたちへ~


この展示は、いくつかの表現で構成しています。



1. 群像シリーズ

あの世とこの世の境界線の風景。

たくさんの感情の蓄積。

感情に翻弄される私たち。



2、『かお』シリーズ

いまを生きるひとの内面に、

私自身の内面を投影して、

一瞬に浮かぶ表情の妙を探ります。



3、木炭画(ドローイング)

木炭の質感は画面に独特のゆらぎを与え、

表現したい絵肌(マチエール)を叶えてくれます。



4、『花の街』シリーズ

花街(遊郭)を舞台に、

花魁(おいらん)や(かむろ)たちの物語りを

描きました。

描き続けるうちに、

廓(くるわ)の世界で生きたひとたちへ

手を合わせる気持ちになり、

私の絵の中で楽しい時を過ごしてもらおうと、

描くことに弔い(とむらい)の意味が加わりました。



私の中に住まうたくさんのひとたち、

わたしはあなたを描くことで、

私や誰かの感情、想いに

「おとしまえ」を

つけようとしているのかも知れません。

(おとしまえを付けねばならないことが

たくさんあるということでしょうか…?)

あなたはわたしがもっとも見たくない

私の一部で、

シャドウのような存在かもしれません。

あなたは私の中に居座りつづけようとしますが、

そうはいきません。

あなたの椅子はもうありません。

その椅子は、私のすばらしい友人のためのものです。



いつかじぶんに決着をつけて、

清々しい気分で身軽になったら

(ということは無いのだけれど)、

あの世もこの世も

思いのままに飛び回り、

時には花の街で、

あつあつの激養強壮スープを

みんなで食べませんか。


本日は画廊までお越しいただき、

ありがとうございます。


2025年8月

門倉直子