2026/05/03

東京駅で宙返り

 

"ストロベリーチョコレート丸の内

何でもできそうな気になって

東京駅で宙返り"



25才くらいの頃、書いた詩です。


全能感、

向こう見ず、

浮かれて沈んで、生きて悩んで

絵を描いていた、

幼い私でした。


時は経ち、48才だ。

先日、アートアイガさんでの展示を終えたばかりでした。

作品の整理に画廊さんに向かったのですが、

東京駅で倒れました。

「宙返り」してしまいました。

(詳細は伏せましょう)


救急車で運ばれる時、

タンカーの上て東京駅の空を見ました。

「東京駅の空を見ておこう」と思いました。

確か夕方17時頃…グレーでした。


明るくも暗くもない空は、

「東京」でした。

少し冷んやりしていました。


(幸い、大事には至りませんでした。

心配をしてくださった皆さま、ありがとうございました…迷惑かけました…)



過日のアートアイガさんでの展示、

ご覧くださいましたお客様、

応援してくださった皆さま、

ありがとうございました。


作品がとても変化してしまって、

お客さんが離れていくだろうと思っていました。


…少女の顔を描いていた時、

作品を誤読されることに

一抹の違和感がありました。


私の表現したいことは、

少しずつ、年齢とともにスライドしていきました。


もっと、根源的なこと、

深層の部分。

感情を感じている本体…「わたくし」

そこを見てみたい。


今回は、少女の姿を借りずに、

できるだけ正直に、

私の深層で起こったこと、

私の奥に在ることを外に流したくて、

描いた作品群でした。


この感覚は、言語化するほど本質から遠ざかりますね。


だから、太鼓の音で表現するなら

ドンドコ、ドンドコ…



「ひと」を描きたいと思います。

ひとの根源的な部分。

感情を感じている「そのもの」を

描き置こうと思います。



…東京駅で、病院で、

私を助けてくださった皆様、

ありがとうございました。

感謝の念にたえません。


当たり前のように、助けてくれた。

仕事だから当たり前?

いいえ。

そういうことじゃないの。


私はひとに助けてもらっていいんだ、

と思いました。

(この感覚も、頭ではなくて、腹で感じたことです)


個展のことと、

東京駅の宙返りが

混ざってしまいましたね。


人生って、そういうもの。

ぐしゃっと混ざっていて、

きれいじゃない。


色々重なる。混ざる。

交差する。


私の身体も、私の作品も、

変化し続けている。

流れている。




全部に、あなたに、

ありがとうございます。


門倉直子拝






2026/04/06

あちらとこちらの世界から、今日も私は境界線の上を歩く

 「昨日の怒り、今日のユウウツ」

「あちらとこちらの世界から」

「生活と絵画」

「世界は色付き私は透明になる」

「新しいシナリオ、新世界の手前」

「ひみつの部屋で光輝け」


…これらは、過去に開催された個展の

サブタイトルの一部です。

何か、ひとつの主題が浮かんでくるでしょうか。


私は長く「かお」を描いてきました。

ひとの内面を描きたかったからです。


それと同時に、

私の地下深くの水脈には、

「もうひとつのテーマ」が

静かに流れていました。

それは「境界線」です。


私は常に「境界線」に立って、

あちらとこちらの世界を眺め、

そこに漂うやわらかでヒリヒリとした緊張感を

半ば無自覚に、作品の素地にしていました。



昨日と今日、

あちらとこちら、

世界と私、

光と闇、

内と外…


それら陰陽の境界線の上で、

私は踊ったり、観察したり、

時に綱渡りをするように

絵を描いてきました。


私は  "あちらとこちらの橋渡し”を

絵画という形を通して表現したいのだなと、

自覚しました。


清濁併せ持つ「ひと」のおかしみ、

うつくしさ、

そして陰陽を「ひとつ」に合わす祈りを

絵画にしていきたいと

いま静かに心に浮かべています。




2026’4月 門倉直子




境界線の上で、きみは時々おどろいた顔をする

 私はこれまで、

人の表情や感情をテーマに描いてきました。


これからは、感情のその奥で、

静かに座って居る「わたくし」そのものの存在を、

ここに描き置いておこうと思います。




2026’4月 門倉直子



2026/02/13

今の制作について


 私はこれまで、人の感情、心理をテーマに描いてきました。

これからは、感情のその奥に静かに座って居る「わたくし」そのものの存在を、ここに描き置いておこうと思います。



2026/01/18

意味が分かる

 これは私だ。

毎日生きて、

毎日死んでいった私です。


私はこれまで一生懸命に、

あなたに見捨てられないように、

生きてきた。


そして今、私はそれに疲れた。

疲れていたことを自覚した。

私は私のために生きて、

ただ私の中から流れてくるものを

ひとに提供して

私はただの私として生きるのだ。


もうあなたに見捨てられる心配も

嘲笑される心配もない。


そのうちあなたは私より弱くなって

私に見捨てられないように

懸命に私にしがみつくだろう。


かつて子どもだった私が、

あなたにそうしたように。


私はしがみつくあなたに

「強くなりなさい!」と叱り、

その弱々しい姿を嘲笑し、

突き放すだろうか。


かつてあなたが

小さな私にそうしたように。



後になってから、

私が描いたものの意味が

自分で分かる時が来るものです。


ああ、そういうことを描いていたのか、と。


だからもしきみが、

この絵に何が描いているのか

私より先に分かっていたなら、


私ときみは、

同じ景色を見ていた者どうしかもしれないし、

友だちになれるかもしれない、

ということです。