私が7才くらいのころの話だ。
お友達のKちゃんのお母さんが、学校帰りにKちゃんと私を車に乗せて、マクドナルドに連れて行ってくれることになった。
放課後、突然そういうことになった。
私はマクドナルドなんて一度も行ったことが無かったし、それは遠い所にあって、一生行けない場所だと思っていた。
なのに、学校帰りに車で連れて行ってもらうことになった。
車に乗り込んで、嬉しいはずが不安な気持ちがした。
まっすぐ家に帰らない罪悪感もあった。
Kちゃんも一緒とは言え、どこか遠くに連れて行かれる恐怖もあった。車の匂いも苦手だった。
マクドナルドは、案外近い場所にあった。
そこは、外国の小さな遊園地のようで、入場するや否やじぶんが不良になっていく気がして、また怖くなった。
だけどちょっとだけワクワクもした。
私は箱に入ったハンバーガーが欲しかった。
というか、箱が欲しかった。
しかし、メニューを見てもよく分からない。
(この頃はまだキッズメニューなんて無かったのだ)
Kちゃんは、マクドナルドに慣れているらしく、上手にお母さんに食べたいものを伝えていた。
とりあえず私は、白いソースが入ったハンバーガーを頼んだ。
(これは、フィレオフィッシュなのだけれど。)
それと、Kちゃんのお母さんの勧めで、バニラのシェイクも注文してもらった。
フィレオフィッシュは、箱ではなく、包み紙に入っていた。
食の細かった私だけれど、フィレオフィッシュはとても美味しかった。白いソース(タルタルソース)を生まれて初めて食べて、気に入った。
シェイクは、吸っても飲み込めなくて焦った。しかも冷たい。不安になった。このシェイクという新しい飲み物が恐ろしかった。
家に帰って、私は両親に注意された。
知ってる人の車だったからよかったものの、食い意地を張って知らない人について行ったらいけない、という、そういう注意だ。
「なんで行ったの?」と母に聞かれ、私は「食べたかったから」と答えた。
…本当はそう食べたくは無かった。
そういう流れになってしまっただけだ。断るという選択が無かったのだ。
「食べたかったから」という当たり前の答えしか7才の私には思いつかなかった。
「食べたかったから」
どうもその返答は、親にとっては少々堪えるものだったようだ。
その週の日曜日、両親は私をマクドナルドに連れて行ってくれた。頼んでもないのに。
私はあえて子供らしい振る舞いをして、「これとねぇ〜…」と、フィレオフィッシュを指差して注文した。シェイクではなくて、オレンジジュースか何かを注文した。
フィレオフィッシュは、相変わらず美味しかった。
帰りの車の中で「また食べたかったら、食べたいって言っていいんだよ」と、母が私に言った。
「でも、そう美味しくはないねぇ」とも言った。
両親は共に働いていたし、私は幼少のある時期、ある事情でわりとさみしい思いをしていたと記憶する。
そういった伏線もあってか、食べたいものくらい食べさせないと、という気持ちが、親にはあったのかも知れない。
この時私は、親は子に対して詫びるような気持ちがあるものなのだと、感覚として心得た。
そして「じぶんはまだ子どもで、甘えても許されるかもしれないのだ。」と、これもまた感覚としてぼんやり思った。
それから、家族でマクドナルドに行くことは一度も無かった。
後日、Kちゃんの家に遊びに行ったら、マクドナルドのハンバーガーが入っていた黄色い箱があった。その箱にはオモチャがはいっていた。
その様子がステキに見えて羨ましかった。