2016/04/19

せめて





いつも私たちは問われている、そう感じます
死生観、
ものの価値観、
こころの在り方…

余裕があるから、こんなこと考えているのかもしれません。



備えるのは、物ばかりではなくて、心も身体もだと痛感します。
メメント・モリ「死を想う」ことも備えだと私は考えます。
(それは、どう生きるかを問うことです)
メメント・モリは、藤原新也さんの著書で、二十歳くらいのころ愛読していました。


生活に追われれば、「そんなこと考えるヒマはない」のかもしれませんが…


今、熊本や大分に暮らす人たちをおもんぱかって、何も出来ないでいる自分の無力さにぼう然とするなら、ふだんから身近な人に優しくすることなど、容易いことです。

それさえも満足にできていない私は、募金したり、せめて熊本の名産を美味しく頂きたいと思います。