食材を買いにスーパーに出掛けた。
不要不急の…とこれだけ呼びかけていても
仲間と一緒にぷらぷらスーパーの中を
歩いている若い女の子の集団。
楽しそうにはしゃいでいた。
おどろいた。
この子たちは、
孤独に過ごすのが怖いのではないか?
誰かにウイルスを感染させてしまうより、
仲間の誘いを断ることのほうが
仲間はずれにされたり
よっぽど恐ろしいのではないか…?
このウイルス騒動で
いろんな人がいるもんだと
つくづく感じる。
今は、孤独に強いひとが優位と思う。
「ぼっち」でいられるメンタルはカッコイイ。
ともだちの誘いを
断ることの出来たあなたはカッコイイ。
あの集団に加わらなかった誰かを
想像する。
昨日は大変な憂うつで、
ひどいものでした。
毎度のことです。
家にこもるのは、
個展を目前にする絵描きにとっては
追い風のようにも感じますが、
展覧会ができるのだろうか、
という不安、
は置いといて、
与えられているアトリエの中を
素敵な作品でいっぱいにしよう
と、希望を見出すことが出来た
五月の初めです。
じぶんの思う好い作品をひたすらに。
新しい靴を買って、
どこかに逃避行するような気分で。
家にいてもそんな気分で…!
このまま美術館に行けなかったら。
外出自粛が解除されても、
私は用心深く外出を控えるだろう。
きっとしばらくの間は
美術館には行かれないだろう。
窓越しに日光浴をして、
コーヒーを飲んでみた。
気分良かった。
じぶんと向き合う恐ろしさを
家族と向き合う恐ろしさを
皆うっすら感じているのではないか?
家にこもると向き合わざるをえない。
逃げ場がない。
なぜ自分はここに居て
誰かの世話をしているのだろう‥と
壮大な夢をみているような、
目が覚めたら、ぜんぶ夢であるような。
きつねにつままれ続けているような日常を
素直に喜び哀しんで、笑いたい。
絵画よ、そばに居てくれてありがとう。
今日は天候も手伝って(雨!)
制作が進みました。
おかげで気分も晴れやか。
生き生きとした気分です。
制作はまさに、
この世にとどまるための命綱、
と言ったら大げさでしょうか。
しみじみとそう思うのですが。
春のウイルス騒動とはべつのところで
期せずして学びは突然発生するものです。
好きな人を好きで居ていいのなら、
嫌いな人を嫌いで居る自由も
当然にあります。
嫌だなと感じる感性も
大事にしようと思いました。
感性は安全装置のようなものです。
「仲良く」に苦しんでいたのだ。
ということが
台所でパーンと来ました。
作文はストレッチのようなものです。
毒にも薬にもならない稚文に
お目通し頂き、有り難う存じます。
最近、ブログ更新の頻度が上がったのは
時間があるからではなく、
やはり不安なのです。
言葉にすることで、
または自分に言い聞かせることで、
落ち着かせています。
中庸であること。
ゼロポイントに心を置けるように。
今日もこもって制作していました。
(このままだと、向こうの世界に
行ってしまいそう。うーん。)
ひと
の意識や社会システムが変わらない限り、
この騒動は収束しないのではないか、
などと、憶測してしまいます。
今は、「新世界の手前」なのでは。
(というタイトルの絵を描きました。
ツイッターでご覧ください)
ウイルスは暦通り、
ゴールデンウィーク明けたら
活動を終わらせてくれるのでしょうか。
自粛は続くでしょうし、
少なくとも私の意識は
「外出は怖い」
に洗脳?されてしまいました。
買い物も命がけ。
電車に乗るのも命がけ。
ひとに近づかない。避ける。
空いていても、
神経質に振舞ってしまいます。
外は青空。
楽しい春はどこ行った。
絵を描けることは救いですが、
画廊で個展をすることは
今後どんな位置付けになっていくのか。
現物を見た時の高揚感を
届けることが出来るように
作品、準備しておきます。